2011年3月15日火曜日

失敗から学ぶとはこういうことか




自分がベンチャーやビジネスに興味を持ったきっかけである、
板倉 雄一郎さん(http://www.yuichiro-itakura.com/)という方がいます。
今は無きハイパーネットという会社の社長だった方なのですが、会社は倒産してしまい板倉さんは個人で40億近くもの負債を負う失敗をしています。
そこまでの負債を負ったにも関わらず、現在も活躍されているその姿は、感銘を受けると同時に、学ぶことが多いです。


そんな板倉さんの2001年~2002年まで連載されていたエッセイ「懲りないくん」を読むのが最近のマイブーム(笑)
自分がまだ高校生だった頃のベンチャー業界がどのようなモノだったのか書かれていて非常に面白いです。あと、女性周りのお話とか(笑)
板倉さんのエッセイは実がありつつ笑いあり?なエッセイで、「懲りないくん」以外のエッセイも本当に楽しませて頂いています。


しかし、そんな風に今まで以上に板倉さんという人物を知るにつれて、「失敗」について深く考えるようになりました。


▼何を失敗と捉えるかは自分次第。でも失敗の事実は事実として捉える。
自分は人生においてまだ大きな失敗はしていないと思っています。


良くも悪くもですが。

あえて上げるとすれば、自分が新卒で入社した会社は創業3年目にして債務超過に陥ったということでしょうか。
しかし、そこでの経験は本当に貴重な経験をさせて頂いたと思っておりますし、自分の人生にとって大きな財産になったと確信しています。
その会社を選んだこと、そこでの勤務を選択したことについては全く後悔はありません。
しかしながら、そこまで自分の中で整理されてしまっていた為に「失敗」という事実に少し霧がかかってしまっていたように今では感じます。


債務超過に陥った事実は、会社経営において紛れも無く「失敗」です。


自分がどう感じるかどうかは別として、その事実はしっかりと受け入れなければいけないのだと今だからこそ身にしみて分かります。


▼失敗後に失敗の本質を見抜く技術
よく「失敗したらめげずに直ぐに次の行動をしろ!」と仰る人がいるようです。
確かにそれもあるとは思いますが、しかしながらそれだと失敗の本質を見誤る可能性が高いのではないかと思います。
板倉さんも「何かにチャレンジして失敗した時、その後すぐに行動するのではなく、失敗の本質を見抜く時間が必要だ。」と、仰っています。
 それは何故かというと、失敗の本質を見極めないと同じ失敗を繰り返すから。 


「失敗から何も学ばない」と言われてしまう人達が稀にいますが(失礼ながら自分の周りにもいります)、そういった人たちはこの「失敗の本質を見抜く」ことをしていないのではないでしょうか。
あたかも失敗の原因を理解した気になっていても、実はそれが本質ではなかったりします。


例えば、離職者が多い企業で、経営陣が離職者が多い本質的原因を見抜いている企業はかなり少数なのではないかと思います。
自分のお客様でも、離職の原因(失敗)について本気で考え、その失敗の本質を見極めることに2年以上費やした会社があります(もちろんその間に色々な試行錯誤をされていました)。
これは極端な例かもしれませんが、失敗の本質を見抜く為にはある程度の時間が必要だということは間違いないと思います。


失敗したら、
「感情は抜きにして失敗の事実を受け止めること」
そして
「失敗の本質を見抜こうとすること(時間がかかってもいいから)」
この二つさえ実行できれば、きっと失敗の本質に辿り着ける。
失敗の本質に辿り着いてこそ、それこそが本当の意味で失敗から学ぶということなのではないかと思います。


今は無き、自分が勤めていた会社が失敗した本質的原因。
それについての自分の見解は、あえてここでは書きません。
今度、元社長と話す機会があったら聞いてみようかと思います(笑)


PS.板倉さんは、あの有名な堀江さんがモデルケースとした方です。板倉さんの歴史を学ぶと、今の堀江さんの成功がどのような戦略の上に成り立っているのか良く分かり面白いですよ。


かしこまり

佐々木さんの「キュレーションの時代」を読んで道が拓けた

ここ最近、個人的に勝手に尊敬し崇拝しているITジャーナリストの佐々木俊尚さん(http://www.pressa.jp/)という方がいます。


前々から佐々木さんのことは知っていて記事やtwitterはチェックしていたのですが、自分の中で佐々木さんを神にまで押し上げたきっかけが、「キュレーションの時代」を読んだことでした。


【個人的感想】
21世紀の情報社会について、今までの時代との相違点を分かりやすく解説すると共に、今後の情報社会の「本質的」な部分について言及している。この「本質」を捉えていないが故に、上手く行かなかった事例についても書かれている。
そして、数ある情報系・Web系の書籍の中でも、この「本質」についてここまで的確に捉えて書かれている本は無いのではないでしょうか。
技術革新がめまぐるしいスピードで起き、次々と新しいサービスが生まれるIT業界において、「原理原則」を教えてくれる良書です。


是非ご一読を。


きっと新しい世界が広がります。


▼自分で体験、実行、そして本質へ
佐々木さんに感銘を受けた事としては、
実際に自身で様々なITツールやデバイスを活用し、そこで得た体験を元に文章を書いていること。
そして、それが物事の本質」を的確に伝えているから素晴らしい。


この本の中でも書かれていることなのですが、実際に利用し、体験したことについてただ感想やコメントを述べるのではなく、そこに佐々木さん本人が感じた「視座」を入れることで新しい価値が加わると。
佐々木さんの「視座」はまさに本質を捉えていると感じ、個人的にはその「視座」に大ファンになりました。


視座とは、どのような位置と方角と「価値観」によってものごとを見るかという、そのわくぐみのこと。
視点は位置と方角によってものごとを見ること。
視点に人の感情、価値観が加わることで「視座」となる。
そして、この「視座」を提供する人をキュレーターと呼び、キュレーターが行う「視座の提供」のことをキュレーションと定義しています。(本文より抜粋)


最近至る所でキュレーションという言葉を耳にしますが、ここまで分かりやすく腹に落ちる説明をしてくれたのは自分にとっては佐々木さんでした。
何故ここまで腹に落ちて理解できたのかといえば、やはり前述したように佐々木さん自身が実際に体験し、自身がキュレーターとして色々な形で視座の提供(キュレーション)を行ってきたからではないかと思います。
実際に利用・体験までしている人は多いですが、その先の視座の提供までしている人は中々いないのではないかと思います。もう脱帽モノです。


▼キュレーションは昔からある
キュレーションは何も新しいことではなく、実は前からみんなが経験していることです。
例えば、「この本はアマゾンの評価は低いけど、俺の仕事にはかなり役立ったよ。例えば・・・」何て話を会社の先輩からされたら、本屋の定員さんに薦められるより買う可能性が高いのではないでしょうか。
これは単なる口コミ効果ではなく、その先輩が経験した実体験を元に語られているからこそ、その本に対する他には無い価値観がそこに加わり、買ってしまうのだと思います。
「あれいいよ」っというような口コミではなく、「何故いいと思ったのか」をしっかりと語る人って結構いると思うんですよね。語れる時点でその人は既にキュレーターなんだと思います。



好きこそ物の上手なれ
物が売れない時代と言われているのは、人々がモノを買う判断軸が変わったから。
売れなくなっている訳ではなく、モノを買う際の「判断基準」が変わって、そこに対して従来のやり方では通用しなくなったから売れなくなったとみんな感じているんですね。
本の中でも記載されていますが、人々がこれから何かを買う際の判断軸は、このキュレーションが軸になると佐々木さんは推測しています。
今まではマスコミが作り上げてきたキュレーションを、これからは様々なキュレーターが変わりに担う次代になるのだと。


じゃあ、そのキュレーターとはどんな人なのか。
ここからは個人的な見解になるのですが、それは「好きを突き詰めた人」何じゃないかと思います。
以前ご紹介したゲイリー・ヴェイナーチャックさんも同じ事を書籍の中でおっしゃっていました。
何か1つのことを好きで好きで・・・それを突き詰めたからこそ、他人と同じ位置や方角でモノを見たとしても
、「他の人が感じられないような価値観」をプラスして人に提供することができる。
「他の人が感じられないような価値観」こそが、これからの時代、他と大きく違う価値となり、その人をキュレーターとして確立するための武器になるんじゃないかと思います。


ますます、好きなことを突き詰めていくことに確信が持てた本でした。
また、1つ道が拓けた感覚です。


そんな佐々木さんの有料メルマガが、今週号のみfacebookで無料で公開されています。
読む価値ありです。


かしこまり

2011年3月11日金曜日

ベンチャーの定義


もう3月も中旬。
就職活動が本格化している時期ですね。

たまたま、自社の新卒採用に少し関わらせて頂いているのですが、
「人を雇う。採用する。」ということについて、今まで以上に自分の中で色々な気付きや学びがありました。

そんな中で以前から常々考えていることなのですが、
「ベンチャーの定義」って何だ?って、ずっと自分の中で疑問としてあります。

会社の従業員規模でベンチャーかそうでないかを定義するなら、
何人くらいまでがベンチャーで、何人以上からがそうではないのだろうか?

売上高でベンチャーかそうでないかを定義するなら、
売上高をいくら超えたら大手になれるのか??
もしくは利益率なのか!?

ちょっと考えてみました。


ベンチャー = 「新技術と高度な知識を持って創造的・革新的な経営をしている企業」 
wikipediaでベンチャーと調べてみると、
「ベンチャー とは、ベンチャー企業、ベンチャービジネスの略であり、新技術や高度な知識を軸に、大企業では実施しにくい創造的・革新的な経営を展開する中小企業を指す。」
となっています。

なるほど、確かに確かに。

でも、「新技術や高度な知識を軸に」って部分で考えると、新技術や高度な知識を有していない小さい会社って結構あって、そういった会社でもベンチャー企業と呼ばれていたり、自分たちで言っていたりする。
一方の「大企業では実施しにくい創造的・革新的な経営を展開する中小企業」これはどうだろうか?
社員満足度全国NO1の会社「ECstdio」(http://www.ecstudio.jp/)とか、営利法人ではないけれども、病児保育で有名なNPO法人フローレンス(http://www.florence.or.jp/)何かはこの点がかなり強いベンチャーなのではないだろうか。
両方を兼ねそろえているベンチャーといえば、「Foursquare」(http://ja.foursquare.com/)がまさにwikiの定義を満たすベンチャー企業なのではないかと思いました。

そう、この定義を満たして初めてベンチャー企業なんですよね。
創造的・革新的な経営と、新技術と高度な知識が無いとベンチャーとは言えないのかもしれません。
物理的にベンチャーと言うのは簡単ですが、定義から外れてしまっていたら本質的な部分でベンチャーでは無いのかなって思うのです。

採用で色々な人にお会いさせて頂くのですが、学生は「ベンチャーの方が大手で出来ない経験ができると思うのでベンチャーを希望しています」と言う人がいる。
企業側が「うちはベンチャー企業なので、大手では出来ないような経験ができます」って言っている人もいたりします。

でもそこって本質じゃない。

言葉でごまかしてる感じがするんですよね。

自分の矜持になってしまいますが、本質的な部分で違うのであればベンチャーと名乗りたくはないです。


▼ディー・エヌ・エーの南場さんのベンチャーの定義
あのモバゲーで有名な株式会社ディー・エヌ・エーの南場社長が、何かのインタビューでおっしゃっていたベンチャーの定義があります。

「大企業とベンチャー企業を分ける境界線は、会社の規模ではありません。従業員一人ひとりに与えられた役割や責任感の大きさ、そして仕事のやりがいの大きさです。
大企業でも従業員一人ひとりに与えられる役割や責任が大きければ、それはベンチャー企業である。うちの会社がどんなに大きくなってもベンチャーであり続けたいと思っています。」
と、仰っていました。

自分的は、南場さんのこの概念が結構腹に落ちてます。
ベンチャーの定義は
従業員一人ひとりに与えられる役割や責任の大きさで判断する。
一人ひとりの役割や責任が小さければ大企業、大きければベンチャーである、と。

役職や役割には大きな責任が伴う

しかし、役職や役割は人を成長させる

だから、ベンチャー気質の人たちはそうでない人たちに比べて成長するのではないでしょうか。


新技術と高度な知識を持って創造的・革新的な経営をしていて、そこで働く従業員に与えられる役割・責任・やりがいが大きい企業がベンチャー企業なんでしょうね。


1年に1回はベンチャーについて考えるようにしよう。
自分がベンチャーであり続ける為に。


かしこまり

2011年3月10日木曜日

アプリのジャンプSQとモーニング・ツーは何故こんなに差が出たのか

App Storeでは色々な漫画アプリが売られています。
昔の漫画のアプリ版からオリジナル漫画アプリまで色々。
ちょっとググッたら、漫画アプリ大賞(http://spoma.jp/first_website/manga_apps_gp/)なんていうコンテストもあるようです。

電子書籍だ何だと言われ、不況の出版業界の希望の星の様に一時は期待されていた電子書籍ですが、アプリでの電子書籍販売は現時点では結構大変みたいです。
それを裏付けたのが、モーニング編集部が明かした以下の事実!

「売れてなさすぎ! モーニング・ツーAndroid版のDL数たったの20部」http://rocketnews24.com/?p=76506

このツイートが話題になった後は、微増ではありますが
41号 18部 → 37部
42号 20部 → 127部
と売上部数が伸びたことをtwitter公式アカウントで発表しています。












しかし、つい先ほどジャンプSQ編集部公式twitterからこんな発表がありました。














なんと、3万ダウンロード!!
モーニングツーのアプリが127部(売れてないことを公開した後)に対して、ジャンプSQは数千倍近い販売をしている計算。

この圧倒的な違いは何なのかだろう?


自分は両方の雑誌アプリをダウンロードして読んでみました。

結論から言うとここまで二つの雑誌の販売数に差が付いたのは、
①両雑誌のApp Storeでの販売スタイルの違い

②モーニングツーは販売数を公表しているのに対して、ジャンプSQはダウンロード数で公表している。

この二つが両誌の数字に大きな差を生む原因なのではないかと思いました。


▼結局使いやすいかどうか。
モーニングツーは、漫画を読むまでが正直言ってかなり面倒くさいです。
まず、モーニングツーの専用アプリが在るわけではない為、「VoyagerBooks」という専門の電子書籍ビューアをダウンロードする必要が在ります。
これがかなり評価が悪い。実際使ってみても確かにいまいちな出来栄え。
さらにそのVoyagerBooksの中からモーニングツーを探し、いざダウンロードをしようかと思うと、待ってましたと言わんばかりに個人情報の入力画面。
やっと個人情報が入力し終わったかと思うと、続いてクレジットカードの入力画面。
これらの工程を経て、初めてダウンロードに移れます。
そして、ダウンロード後にやっと漫画を読むことが出来るのがモーニングツーなのです。

一方のジャンプSQは、専用アプリが存在しているため、アイコンをパッと見て分かりやすい。
アプリをダウンロードすると2010年に発売された過去のものを無料で読むことができる。
最新号が欲しい場合はそのまま購入できる形だ。
しかも、購入に関しては既に登録して在るAppleのパスワードを入力すればいいだけだ。
モーニングツーと比べて、この使いやすさはかなり大きい!

紙媒体で発行していたときは、ユーザビリティーを考える必要は無いに等しかったのだろう。
だって、紙をめくることに説明が必要な人は殆どいないだろうから。
しかし、いくらiPadやスマートフォンが直感的に触って操作の出来るデバイスだからといって、紙の究極のシンプルさに比べたらどう考えたって使いずらい。
それを理解した上で、ユーザビリティーを考えてアプリ販売をしているかどうかが、今回の圧倒的なダウンロード数の違いになったのではないか。


▼比べている数字が違う
ジャンプSQの発行部数は454,546部(2007年10月1日 - 2008年9月30日 日本雑誌協会調べ)。
それに対して、モーニング・ツーの発行部数は約5万部と言われているようです。
そもそもの雑誌の発行部数に10倍近く開きがある為、知名度の点で言ってもジャンプSQの方が上だったと見てよいのではないかと思います。

また、今回ジャンプSQが発表したのはダウンロード数であって発行部数ではありません。
これはどういうことかというと、ジャンプSQはアプリのダウンロード数を公表しているのであって、そこから有料で販売した部数を公表している訳ではないということです。
ダウンロードしたけど、有料版を買っていないという人は結構な数いると思われます。
フリーミアムを狙ったんでしょう。当たり前ですが。

一方のモーニング・ツーが発表したのは発行部数であって、VoyagerBooksのアプリダウンロード数ではないのです。(そもそもVoyagerBooksは別会社のアプリだし・・・)

しかし、仮にジャンプSQアプリをダウンロードした内の0.1割の人が有料で雑誌を購入していたと仮定しても300人は雑誌を買っていることになるので、発行部数で比較をしたとしてもジャンプSQの方がモーニング・ツーよりは上だと思われます。


色々書きましたが結局は「マーケティングの差」なんじゃないかと思いました。
ユーザーが使うことを考えて作っているのかどうか。
電子端末で漫画を読もうと考えている人は、みんな「手軽さ」を求めているんです。
それが本質だと思います。
でも、出版社がそこを理解せずに面倒くさい手順を踏まないと読めない仕組みで出してしまうと、「じゃあ紙で読めばいいじゃん。だったら捨てるの面倒だし買わない」とか、「違法でUPしてあるPDFファイルの方が手軽だな」って考えてしまうのがユーザーの心理だと思います。

逆にちゃんとマーケティングをして販売すれば、数字は伸びるはずです。
断っておきますが、僕はモーニング・ツーは好きです。
使いずらいけどVoyagerBooksを使ってこれからも購読するでしょう。
でも一般ユーザーはそうではないんです。
自分みたいな人は本当に少数なんです。

好きだからこそ、出版社に言いたい。
「紙とは本質が異なります。ユーザーのことを考えて、しっかりマーケティングしてください」と。


かしこまり

2011年3月9日水曜日

出版社の本質的価値 ~何故その仕事が、その業界が存在するのか~

先日、たまたま出版社の人にお会いして色々とお話しする機会があった。

自分が好きな人の本を出していた出版社であり、自分がiPhoneで本を読むことも増えてきているので「電子版は出さないんですか?」と質問してみた。
「ユーザーからの要望があれば出します」と言う返事とともに、「電子は出版社としての今後の在り方も問われるので何かと大変何ですよね」とポツリ。
「そんな大変何ですか?」と伺うと、「出版業界は今過渡期ですし、今後どうあるべきかはみんな模索しているんですよね。電子版出して作家さんが電子に慣れてくると、作家さん自身が簡単に自前で電子版出すようになる。そしたら、それこそ出版社要らないじゃないですか。でも、僕はそんな中でも出版社の存在意義ってあると思うんですよね。」
といった内容のお話をした。

こういった話は最近ニュースやtwitterなどではよく聞く話
というより、過渡期と言われている業界はみんなこういった悩みを抱えている。
自分も人材業界(派遣ではなく紹介だけどね)に身を置いているけど、一時のバブル期が去ったあとの業界の落ち込み様は半端無かった。業績よりも業界のモチベーションの下がり方が凄かった。派遣切りなどの世論的な後押しもあったし。
出版社と同様に、人材業界も今後の存在価値を問われていると業界だと思う
ゲーム業界(小売やハードメーカー)や、音楽業界(レコード会社)もそうだろう。


でも、そんな時期だからこそ、お話頂いた様な「存在意義」や「存在価値」についてもう一度本気で考える時期なんじゃないかと思う。そこを見据えた上で、過去に捉われずに存在価値を追求した行動をしていかなくては行けないのではないかと感じている。

少しはなしがずれるけど、自分の場合も、仕事をする際に本質を意識する様に日々心がけている。
自分は運が良く、職場や上司には恵まれてきていたので、「何で俺らの仕事が必要なのか常に考えろ」「同じ価値を他の方法で提供する事との違いを考えろ」と常々教えてくれた。
たかだか4年ほどのペーペーが見い出した人材紹介会社の存在価値の一つの答えは「精度」だ。
良くお見合いに例えられる人材紹介だけど、本当にそう思う。
お見合いを仲介する仲人さんも「精度」が信頼の証だ。
実際、お見合いをしたところでそう簡単に結婚までいかない。そりゃそうだ。

人生のパートナーを決めるんだから。
どんな人が好みかとか、過去にどんな人を好きになったかとか、そんな事を聞くのは当たり前だけど、
もっと重要なのは「今後どんな自分で在りたいか」を見いだす事。
紹介で良くありがちで、自分はやらない様に心掛けているのが条件マッチング。これは精度がそんな良く無い場合が結構ある。
例えば、婚約者の希望条件、「年収800万円以上」「趣味が合う人」「タバコは吸わない」とか。しかし、そんな条件に合う人なんていっぱいいるケースが多いし、本当に大事なのは何故その条件を望んでいるのかということ。
そういった部分を見い出して、企業と本人の未来の相性まで見極めて紹介する。
そのブレ幅が以下に少ないかかが精度が良いってこと。
この精度は現状のIT技術では実現できてない。
だから人材業界の存在価値はまだまだあると個人的には考えている。
必要が無くなることがあるとすれば、企業や個人が働いてくれれば(働ければ)誰でも(どこでも)良いと考えるようになる時だろう。

話を戻し、冒頭の出版社の本質的な価値について考えてみる。
自分が考えた出版社の本質的な価値は、「見いだす事」と「求めている人に届ける事」が出版社の価値なんじゃ無いかと思う。
面白い作品を見つける、もしくはその可能性のある作家を見いだす、そして育てる。
また、それらを求めている(求めていそう)な人に届ける事。
これが出版社の本質何じゃ無いかと。


この価値を提供出来るのであれば、別に今の出版社の形態である必要はないと思う。
食の評論家の人達って会社組織ではなく、個人で動いている人が多いイメージがあるけど、出版業界もフリー、もしくは少人数のグループで動いていくようになるのではないか。
本の印刷が必要な場合は印刷会社に頼めばいいし。


ワイン業界では、クルティエ(仲買人)と呼ばれる人がいる。
ワインが生産者からネゴシアン(卸商)に渡る橋渡しをしている人たちで、ワインの鑑定や価格評価、競売などを行う。
クルティエは情報が命の為、ワイン生産者の情報を自身の足で集める、ワインのプロ中のプロだそうだ。(
参考資料 部長 島耕作2巻w)
出版業界もこのクルティエの様にプロ中のプロが残り、個人で生きていく職業になっていくのではないだろうか。


それはそれでかっこいいと思うんだけど、如何でしょう?


かしこまり